労災保険の「民間開放」について
ビジネスチャンス論はあいいれない


 昨年12月22日、総合規制改革会議がまとめた「規制改革の推進に関する第三次答申」で、「今後の課題」として「労災保険の「民間開放の検討」が掲げられました。産業民主化対策部では、その内容を検証してきましたが、結果は以下の通りです。
1.労災補償は労働者を守る国の責任
労働者と家族の保護をはかる労災補償制度
 19世紀の産業革命後の工業化のなかで、労働災害は 重大な社会問題となりましたが 当時の法制度のもとでは、「不法行為に基づく損害賠償請求」以外に法的救済の道は存在しませんでした。ヨーロッパ諸国で発展してきた労災補償制度は、そうした法制度の不備を改善し、使用者に「無過失責任」を課すなど、労働者と家族の保護をはかるために設置された歴史経過があります。
 わが国の労災保険法も、「不法行為に基づく損害賠償請求」で被災者が負う加害者の過失の立証責任や訴訟費用の負担を解消、労働者と家族の保護、強制保険制度(使用者を加入者と政府を保険者とする)による災害補償の迅速かつ公正な実施、を目的に、1947年、労働基準法と同時に制定されました。それ以来、わが国の労災補償は、労働基準法の災害補償と、労災保険の「二本だて」で行われています。

労災保険の基本理念は憲法に定めた「人権の保障」
 このような沿革をもつ労災保険の基本理念は、憲法第25条に定めた生存権の保障にあり、労働条件の最低条件を法律で定めるとした憲法第27条を具体化するものです。いわば、労働者の人権を守るための制度で、ILO条約でも、労働者保護の見地で様々な基準が定められ、国際的にも国の責任で運営することが常識となっています。  労基法上、被災した労働者に対する使用者の補償責任は厳格に定められていますが、使用者に補償能力が無い場合に補償されなかったり、労働条件の最低基準の補償しか受けることができないという「限界」もあります。これを補うのが労災保険の役割であり、「適用事業所」は事業開始とともに強制加入となります。そして、業務上災害が発生した場合には、保険者である政府が被保険者である労働者またはその遺族に給付を行い、使用者の補償能力、補償水準の問題は解消されます。

損害保険とは根本的に異なる性格
 これに対し、損害保険は、企業や個人が保険料を拠出して、自らが被る経済的な損失を補償する制度です。生存権や労働者の権利を守るために、労働者保護を実現する労災保険とは、根本的に異なる性格です。端的に言えば、同じ「労災保険」の名をもっていていても、損保各社が扱う「上乗せ労災保険」は、企業活動を行う上でのリスクをカバーする事業主のための保険であり、成り立ちが異なります。

2.なぜ民間開放なのか
「構造改革」の公的分野の民間開放の一部として
 「構造改革」を推進する総合規制改革会議では、医療、福祉、教育、農業などの公共サービスを「官製市場」として株式会社等に民間開放することが論議され、「労災保険」もとりあげられました。「労災保険の民間開放の検討」は、種々の「具体的施策」と並び、「今後の課題」として打ち出されました。その内容として、「基本的な概念や認定基準については国が労基法に基づき定め、労災保険の筥理・運営については民間が行う」などの方向が示されています。
民間開放ありきの異例な検討と報告
 その検討は、昨年10月からわずか2ヶ月弱で行われ、労災保険の趣旨、損害保険との根本的な性格の違いを無視した、「民間開放ありき」の論理で進められていきました。 労災保険は「民間の損害保険<自賠責保険>と共通点を有している」という前提に立って、民間に開放したほうが「労働基準監督署の人員を補完する」、「国は本来の労働者保護のための監督業務に専念できる」などと論を進め、労災保険の民間開放を結論づけています。具体検討を進めた「ワーキンググループ」では、「黒字だから改革の努力がすすんでいない」、「マニュアルがあれば民間の人でもできる」などの暴論も展開されています。その結果、「具体的施策」としては列記できず、この種の答申では極めて異例の反対意見まで付されました。反対した委員は「(この問題を)検討することは当会議の見識を示すことにならない」と述べています。このような論議経過自体、労災保険民間開放の根本的な矛盾を浮き彫りにするものです。

3.危惧される諸問題
公的分野の民間開放は重大な問題を生む
 「構造改革」は、強者の論理で大企業の利益追求を助け、弱者には「痛み」ばかり押しつけられることは、この間の現実から誰の目にも明らかです。公的分野とは、本質的に収益を目的とせず、社会公共性の観点から維持されなければならないものです。
 「 第三次答申」では、その社会的な二ーズを単純に「需要」と描き、「規制」があるから民間のビジネス活動が阻害される、と、公共サービスの民間開放の狙いがビジネスチャンス拡大にあることを隠していません。
 利益追求を目的とする企業活動に公的分野を委ねていけぱ、国民生活に重大な問題が生じることになります。

労働者保護のありかたを大きく損なう
 労災保険制度は、強制力を持った監督行政、安全衛生行政と不可分で展開され、労働者の保護がはかられています。一体的な行政のもとで、最近、脚光を浴びている「過重労働による健康防止のために事業主が講ずべき措置」による行政指導なども進んでおり、実務面からも切り離せない制度となっています。
 労働者保護の観点から、そもそも一部を切り離すことは許されず、無理やり切り離せば、日本の労働者保護のありかた全体を大きく損なうことになりかねません。

とりわけ労災保険に民間開放はなじまない
 公的分野の中でも、労働者の人権を守る労災保険は、とりわけ民間開放にはなじみません。国により運営・管理されることで、はじめて意義が確立できる制度です。民間企業に任せれば、労働者保護が根本から成り立たなくなります。

4.私たちの「視点と課題」について
 私たちは、労災保険の民間開放について、以下のように大きな問題意識をもつものであり、民間開放すべきではないと考えます。
 何よりも、労災保険の趣旨である「労働者の人権保障」は、その歴史的意味合いや成り立ちから、「政府が貢任を持って補償」すべきものであり、そもそも民間開放をすべきではありません。また、損保には損保が果たすべき社会的役割があり、労基法と一体で、労働者およびその家族のための労働災害補償を担う労災保険とは、明確に役割が異なります。損害保険の真の将来展望との関係からも、それぞれの役割を担いつつ社会・公共性を追求していくべきです。
 それにもかかわらず、労災保険を「ビジネスチャンス」として民間開放に突き進めば、労災民営化を先行した米国の教訓からも、現に「収益第一主義」「事業効率化最優先」の政策が産業と職場にさまざまな「歪み」をもたらす損保「自由化」の現実からみても、国民・労働者に甚大な被害をたらしかねません。そして、全労連、連合をはじめ労働組合から大きく反対の声が出されているように、労働者を守る立場にある労働組合として、「労働者保護をないがしろ」にする労災保険の民間開放を認めることはできないのです。






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